難病を発症しながらも甲子園出場&プロ野球選手に! ー頑張ってる人の毎日を応援する番組「KiKYU」ー

2022.09.24 プレビューアイコン129

頑張ってる人の毎日を応援するSNS「KiKYU」と連動しスタートした番組「KiKYU」。

2022年9月24日(土)配信スタート分の内容をお届けします。

[配信日:2022年9月24日(土)]


出演者(敬称略)

◇司会進行

 曽田茉莉江

◇ゲスト

 No border株式会社 代表取締役 柴田鐘吾


ゲストをお迎えして番組スタート!


本日は難病を発症しながらも、プロ野球選手となった柴田鐘吾さんにゲストとしてお越しいただきました。


実はKiKYUの司会を務めるマリエさんとは学生時代からのお友達という事で、和やかな雰囲気で撮影スタートです!



野球を始めたきっかけ



小学校1~2年生の時に甲子園で開催される全国高等学校野球選手権大会(以下表記:甲子園)をテレビで見て、自分もここに映りたい!と思い、その延長線上にあったのが「プロ野球選手」だったんだそう。


当時、松坂大輔選手が活躍されており甲子園に出ることが目標になり、以降野球にのめりこんでいきます。



難病の腸管ベーチェット病を発症


柴田さんがベーチェット病を発症したのは中学校3年生の4月。最初は盲腸のようなお腹の痛さから始まったそうです。


 腸管ベーチェット病:難病指定疾患であるベーチェット病の1つで、消化管に炎症が起き、繰り返し潰瘍ができる病気


そこからすぐに入院し、闘病生活が始まりました。

合計3回の入退院を繰り返し、学校も長期間休まざるを得ない状況でした。


この時柴田さんは15歳以下の選手で競われる野球の世界大会、U-15の日本代表に選ばれた直後の事でしたが辞退せざるを得ず、野球がまったくできなくなったのです。


大好きな野球が出来ず、甲子園に出てプロ野球選手になる事を夢見ていた中学校3年生にとって、この目標が無くなってかなりのショックでヤケになりそうだったんだそう。


中学生でこの試練を乗り越えなくてはいけない状況は本当に壮絶ですよね。

マリエさんも思わず節句されていました。



甲子園で活躍することをもう一度夢見て



入院中、ヤケになりそうだった柴田さんを救ってくれたのは甲子園でした。

中学校3年生の夏、駒大苫小牧高校 対 済美高等学校の決勝戦で田中将大選手の姿をテレビで見て、「もう1回野球をやりたい!」という気持ちになったんだそう。


入院中は体重が60kgから45kgまで落ち、歩くことも出来ない状況だったので野球は諦めないといけない、と考えていた時の事でした。


もう1度新しい気持ちで目標を見つけた瞬間です。


野球を始めた時と野球を諦めていた気持ちを取り戻した時、いつも甲子園によって気持ちが変わっていったそうです。


そこからは野球の名門校である愛知工業大学名電高等学校の野球部に入り、リハビリをしながら徐々に野球を始めていきます。



試行錯誤しながら練習する日々


高校でも体重も軽く体力も復活していなかった柴田さんは、10分走ったらヘトヘトな状態。

他のチームメイトが5時間練習していたら、柴田さんは30分~1時間くらいしか練習が出来なかったそうです。


高校1年生で正規メニューの10%、2年生で50%、3年生で70%くらいできるようになってようやく試合にも出れるようになっていったとのことでした。


この時は高校の監督が高校3年生の夏に甲子園に出られたらいい、それまではリハビリをして病気を治すことを目標にしよう。と仰ってくれたんだそう。

そこで柴田さんは「高校3年生の夏」をめがけて練習をすることが出来ました。


ベーチェット病は本来運動は出来るだけ控えなければいけない病気だそうです。そんな状況で甲子園を目指すという事は前例がありません



病気治療のために食事にも気をつけなければいけない中、どの程度練習して良いか分からないという全てを監督と相談して試行錯誤しながらのリハビリとなりました。


1週間に1度病院に行き、先生と「今週は10分走れたので来週は20分走ってみる」といった話をしながら、少しづつ練習量を増やしていく地道な取り組みでした。



夢である甲子園に出た瞬間



柴田さんが目標だった甲子園に出れたのは高校3年生の時。

中学3年生で発症して高校3年生で甲子園に出れるまでの4年間の思いが走馬灯のようによみがえり、辛かったけどこんなに嬉しいことがあるんだ!という気持ちであふれたそうです。


ずっと近くで見守っていたご両親も喜んでくれ、頑張ってこれて良かった!と話されていました。


実は、ベーチェット病であることはチームメイトには隠していたらしいんです。

病名を公表したのは甲子園出場をかけた愛知県大会の決勝戦の時。

その時に、甲子園に対する柴田さんの熱い思いが皆に伝わり、応援してくれたんだそう。


甲子園出場の次に夢見たもの



夢だった甲子園に出た後、柴田さんのもとには100通ほどの手紙が届きます。

そのほとんどが病気を持った子供やその親御さん達から「勇気をもらいました」という手紙でした。


それまで野球は高校で終わろうと思っていたところ、その手紙をみて「プロ野球選手になればもっとたくさんの人が頑張りを見てくれるんじゃないか」と感じ、プロ野球選手を目指すことになりました。


柴田さんは、プロ野球選手になるには大学で野球を続けて健康状態が良くなってからだと考えたそうです。

大学では体の管理方法やトレーニングを勉強し、ヨガやピラティスなど色んなことに挑戦しながら野球の技術を磨いていったとのことです。


プロ野球チームも、難病を持っている選手を受け入れてくれる球団もなかなかないだろうという事で、病気がどこまで治るかにフォーカスして大学4年間を過ごされていました。



信じて応援してくれた両親



ご両親は柴田さんがどんな選択をしても、何も止めることは無かったそう。

甲子園に出たい、プロ野球選手になりたい、という夢も何も制限されなかったことはすごく大きかったと話されていました。


ご両親は一番身近に柴田さんが苦しんでいる姿を見ているからこそ、「そんな大変な道に行かないでほしい」と言いたくなりそうですが、そこを信じて後押ししてくれたという事にマリエさんも深くうなずいていました。


柴田さんにとって、夢があったから頑張れたのはもちろんのこと、その夢を応援してくれる存在がその頑張りを後押ししてくれる力強いもの、だと語ってくれました。



プロ野球選手を目指す人たちへ応援メッセージ


「プロ野球選手は、夢を持っていれば叶えられるよ」とはなかなか言えないんですけど、そこを『目指して頑張る時間』が僕はすごく大事だと思いました。


結果的に行けただけで、いけなくても多分その時間はその後の人生に活きた。


自分がなりたいものや目標を持って頑張っていってくれるとすごくいい時間を過ごせるんじゃないかなと思います。


というメッセージをいただきました。



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今回お届けした「KiKYU」2022年9月24日(土)配信分の内容は、難病を発症しながらも甲子園に出場し、プロ野球選手になった柴田鐘吾さんにゲストとしてお越しいただきました。


前例がない中でのプロ野球選手という目標への道のりは困難を極めていました。

でもそんな経験をした時間そのものを大切にされている柴田さんは常に前向きに挑戦する事を大事にされていることが伝わってくるインタビューでした。


世界の状況は、現状で決して楽観視できるものばかりではないかもしれません。しかし、1人ひとりの「頑張ってる人を応援したい」「夢に向かって頑張りたい」という気持ちが大切にされ、増えていけばきっと、まずは1人の周りからポジティブな輪が広がっていくのではないでしょうか。

 

頑張ってる人の毎日を応援する番組「KiKYU」では、毎回いろいろな夢や目標を取りあげながら、頑張ってる人を全力で応援していきます。見るだけで元気になる番組「KiKYU」。今後の配信もどうぞお楽しみに!

 

 

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