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[夢を語れ]ずっと応援してくれた父と海外旅行にたくさん行きたい
2022.04.05 プレビューアイコン38

誰かに感謝を伝えたい、なりたい自分に近づきたい、夢は十人十色でそれぞれです。今回は「父へ恩返しをしたい」という夢をご紹介します。急逝した母に代わり、娘2人を育て上げるために尽力した父。そんな父親と叶えたい夢とは?


とても仲が良かった家族5人。


父と母と姉2人と私。末っ子で過ごしていた私には、私の面倒を見てくれる人がいっぱいいたと思います。両親ともに共働きだったけれど、平日には、毎日祖母が来てくれて、帰りを待っていてくれていたし、週末には、庭の手入れを家族一緒にしました。長期休暇には、家族で遠出旅行。たあいないことをいつも話して、ちょっとしたことで笑って、いつも家族一緒にいた気がします。


母が入院、そして1年後...。


私が小学校4年生の終わりころ、母が入院し、たった1年という間に、ガンのため亡くなりました。それは本当に嵐のように過ぎて行って、まだまだ小さかった私には、母の死は大きくのしかかってきました。


そこから私は、父や祖母にちょっとしたことで当たったり、姉たちとも喧嘩したりしました。その一方で、父は今までの生活を少しでも変えないように、自分の仕事の部署を変えたり、時間を作っては娘たちの話を聞いたり、今まで作っていなかった料理も、成長期の娘3人にしっかり食べさせるよう、本を見ながら作ってくれていました。


今思えば、私の見ていないところで父は影でいっぱい努力していたと思います。


大学進学と就職。その後の海外留学。


その後、私は歳を重ねるごとに、姉とは話しても父とはめっきり会話する量が減りました。父から話しかけられても、そっけない反応や返事をする私がいました。父はなんでも私のやりたいことには、「自分でやりたいことなら、自分の責任でやりなさい」と言っていたので、私はてっきり、「お父さんは私のこと心配してくれない」と思っていたのでしょう。


私は大学も、就職先も父には一切相談することなく、自分で決め、すべて事後報告。そして、就職を機に、実家から離れて暮らすようになりました。


でも、これは後から聞いた話ですが、父は姉に私の希望や進路をしっかりと確認していたようでした。就職して5年たったころ、海外に出て、がん治療の最先端を学びたいと思ったとき、私は初めて父に相談をしました。そのとき父が言ったのはやっぱり、「自分で決めなさい」でした。


これから取り戻していく、父との時間。


定年退職をし、娘たちも手を離れ、自由になる時間も増えた父に、今では時々海外旅行を勧めています。というのも、父と母は昔から旅行が好きだったからです。子ども達が小さい時も、両親はできるだけ旅行できるように努力していました。


私は海外留学していたので、父が海外旅行をする際は、言葉の心配をせず安全に楽しく過ごせるように、絶対に付き添いたいと思います。まだまだ、始まったばかりの親孝行ですが、これからたくさんの国を父と共に巡って、今まで話せなかったことを話せる時間を取り戻していくつもりです。


父と充実した時間を過ごしたいという夢



今回ご紹介した方は、お母さんの急逝で家族との関わり方に変化があり、さらに思春期などでお父さんともうまくコミュニケーションできなかった時のことを悔やんでいました。しかし実はお父さんはずっと自分を見守ってくれていたことに気づき、これからはお父さんと一緒に楽しい時間を過ごしたいと夢をいだいていましたね。


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