阪神淡路大震災を被災した私が、東日本大震災の寄付で前向きになれた話}

阪神淡路大震災を被災した私が、東日本大震災の寄付で前向きになれた話

2023.01.27 プレビューアイコン59

日本では「寄付」というと災害を思い浮かべる方も多いと思います。


今回はそんな災害で寄付を受けた経験のある方が、その後の別の災害で寄付をした時のエピソードを話してくださいました。


こちらの方は、寄付したことで前向きになれたことがあるそうです。

どんなことだったのでしょうか?



阪神淡路大震災で被災


私は現在50歳の男性です。


20代半ばの頃、兵庫県神戸市に住んでおり、阪神淡路大震災の被害を受けました。


その時に自衛隊だけでなく、民間の方からも寄付や食料品を届けてもらえ、本当に人の助けが身に染みる、ありがたいものだと痛感しました。



心残り


この震災で勤務していた会社が倒産してしまった私は、地元へ戻る事になりました。


そう。私には戻るところがありました。


しかし神戸に実家がある方は私のようにはいきません。


被災者の多くは、私のように被災地から離れる事が出来ず、その辛い状況で生活をしながら復旧していったわけです。


この時に「みんなをおいて私だけ逃げた」のような負の感情が私の中に芽生えました。



あの時の恩を返したい


被災地


この胸のつかえを取り除いてくれたのが、東日本大震災での寄付でした。


東日本大震災は阪神淡路大震災より被害が甚大でした。


以前助けてもらったお返しをしたいものの、ボランティア慣れしていない私が行っても足手まといになるだけでしょう。

何よりすでに40代で運動不足の私が出向いても、無駄飯喰らいになるだけ。


そこで役立ってくれたのが東日本大震災義援金への寄付でした。


寄付のおかげで以前助けてもらった恩返しが出来ます。

そして、みんなをおいて逃げた私に出来る贖罪にもなると、胸のつかえがとれ、ようやく前向きになれました。



寄付される側がする側へ


いかがでしたか?


今回の方は、ご自身も寄付してもらった経験があるという方でした。


寄付してもらった人が、次に困った人が出てしまった時に恩返しを兼ねて寄付する…

こうして助け合いが広がっていって、一人でも多く助けていけたら、本当に素敵な世の中ですね。

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